映 画 批 評


acarino radio Vol.2・4 『それはとにかくまぶしい』波田野州平監督にインタビュー  1⃣ 2⃣           2024.10.25 配信

 水底から世界を眺めているようだった。 形を定めない事象が、時の波間にたゆたう。

 ゆらめくものは、なぜ美しいのだろう、と思った。光は水底にもさしこみ、そのまばゆさに私は目を閉じた。

 

『それはとにかくまぶしい』という映画は、人と会うことが難しくなった2020年4月からの1年間、波多野州平監督が来る日も来る日もカメラを回し続けることで見えたものを、様々な想いとともに綴ったアルバムのような作品だ。見始めてすぐに「写真集みたい」だと感じ、鑑賞後もその感覚は消えなかった。次々と切り替わってゆく映像は、親しみのこもった友人たちへの語りに乗って一本の映画として流れてゆくが、一つ一つの場面はそのまま独立した作品にも見えた。2023年yidff公式カタログに記された監督の言葉が興味深い。「カメラは私の新しい目になっていました」。観客はそれぞれ、監督の新しい目を通して、未知の世界と出会う。

 

監督の2020年を見ていたら、引きずられるように自分の2020年が思い出された。ピリピリして騒々しく落ち着かない日々だった。電車の混雑はなくなったが、好きだった飲食店もなくなった。職場では消毒という業務が加わり、育児中の同僚たちは、保育園や学校で感染者が出ることを気にしていた。マスクやフェイスシールド、アクリル板など、人との間に次々と壁が築かれて行ったが、見える壁に紛れた見えない壁をも感じていた。私はかつてないほど、大事なものが分からなくなっていたように思う。情報に振り回され、緊張し、何かしら失望のようなものさえ感じていた。以来、どこかの重たい底に沈んでいるようだ。同じ時期に、波多野監督は、こんなにも静かで柔らかく綺麗な時間を過ごしていたのだ、と咀嚼するように考えてみる。庭の草花が揺れ、野鳥の鳴き声が短く響く。魚は身をくねらすように泳ぎ、カラスが老人のように歩く。旋回する飛行機、散らばる折り紙、地べたで繰り広げられる虫たちの食事、光る樹々。それらに囲まれ、家族と笑い、子どもと遊び、カメラを回し、友だちに語りかける。

 

私がこの映画を見たいと思った理由は、カタログに書かれた幼いお嬢さんの壁画エピソードに強く惹かれたからなのだが、この映画の要とも言える彼女は、自分の全てでそこに存在し、自分の全てでこの世界と触れ合う。命の躍動そのものに見えた。カメラと彼女と過ごす日常は、新しい発見を連れて、あるいは忘れ去っていたものを連れて、監督を訪れていたのだろう。こうした穏やかな日々の中に、生と死は自然にあり、たくさんの映像が、それを象徴するかのように生まれては消えてゆく。変わらないものはなく、確かな輪郭を持ったものもなく、その曖昧さ、しなやかさに私は安堵する。

いつか自分も、ゆっくりと浮かび、溶けてゆけるような優しさを感じた。


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